時宗宗祖一遍上人 ~再出家~

建長3年春、一遍上人は、父河野通広の死によって伊予に帰国し、半僧半俗の生活を過ごしていたようですが、輪鼓を回して遊んでいたとき、輪廻から解脱する方法を気づき再び修行されました。

文永10年(1273)に再出家した一遍上人は、信州善光寺に参詣し唐代善導大師の『観経疏かんぎょうしょ散善義さんぜんぎに説く譬喩ひゆの「二河白道にがびゃくどう」の図を感得されました。このころ得た境地をまとめて作られたのが「十一不二頌じゅういちふにじゅ」です。その後、一遍上人は、伊予に戻り窪寺くぼでらで念仏三昧の日々を3年間過ごし、空海ゆかりの地でもある菅生の岩屋に参籠しました。この菅生の岩屋参籠後、文永11年(1274)2月8日一遍上人は、所有していたすべての財産を放棄し一族とも別れ、超一、超二、念仏房(この三人と一遍上人は俗縁があったが詳しくは不明です)と途中まで同行した聖戒とともに遊行の旅へ出られました。